徒然日記

つれづれなるままに。。

小学生の頃の記憶とか

姪が幼稚園児だった時、ファッションにこだわっていていつも洋服を自分で選んでいたのを見て、不思議な気持ちになった。自分が幼稚園児の時、何を考えていただろう。

ずばり、私は幼稚園児の時、何も考えていなかった。今でも覚えているのは、みんなでおもちゃを片付ける時間の時、自分だけ何をやればいいのかわからず、ポツンとしていたことだ。

実はあの頃から何も変わっていないのではないかと思う。あまり人ほどものを考えない傾向にあると思う。

大学生のとき、クルーズ船で接客のバイトをしていたのだが、あるパーティーでコンパニオンがオプションでついていた。華やかにドレスアップした、そしていわゆる水商売と言われる仕事をしている女性たちと初めて一緒に仕事をして、少しドキドキした。私のバイト仲間は、みんな彼女たちを違う生物としてみていたが、私はあまり気にせずに、彼女たちに声をかけていた。

私は昔からあまり何も気にしないところがあって、はっきり言ってそのときも、ほとんど何も考えていなかった。

なんというか、本当にその意味で個性的なのだと思う。そして、いつも人と違うことになんとなく孤独を感じている。

 

最近、小学校の友達をFacebookで探しては友達申請をしている。小学生の時に人間関係で良くない経験があり、そのことを完全に負の歴史として記憶を封印していたが、もういいかなと思ったのだ。小学校ではいじめがあって、わたしはある子をいじめていたグループに属していた。その子は身体障害者だった。私はそのグループを結果的に抜けたのだが、それは正義感からではなかった。弱者をからかったり、菌呼ばわりして、愉快な気持ちにならなかったわけではないし、はっきり言って加害者としての意識はほとんど持ち合わせてなかったが、道徳の時間にその子が苦しんでいるというのを先生が言っていて、そんなに辛い思いをさせているならやめた方がいいよねってナチュラルに思ったのだ。今思うと結構意地悪なグループに属していたのだと思うが、その頃はそんなことを考えたことは一度もなかった。

小学校の先生に面談で、急に「友達を変えるためにいろいろ考えたことは無駄にならない」と言われたことをよく覚えている。というのも、私は何も考えずに行動していたので、この先生の言っていることは的外れだなと思ったのだ。

 

あまりいつも考えはなく、いつのまにか人をいじめるグループにも入っていたし、そのことに気づいたら抜けた。結局何も考えていないのだろう。そしてそこには、漠然とした孤独感がある。でもきっと、長所にもなるはず。前向きにいきたい。