徒然日記

つれづれなるままに。。

前向きに差別問題と向き合うには

やっと難関だった中級財務会計の期末テストがほとんど終わり、残すはexitra creditのみ。余裕が出てきて、アメリカに対する見方も少し変わってきた。前向きな気持ちになってきたのだ。

 

アメリカには人種差別の問題がある。その根の深さは尋常ではない。黒人の問題が最も大きい。

私にとっての黒人の問題は、母親の問題だった。私の母は、子供の頃に黒人にひどいアジア人差別を受けていたので、黒人のことを憎んでいる。かといって、黒人の友達もいたらしく、黒人全員が悪人だと思っているわけではないが、どうしても黒人全体を許せないのだそう。

私は子供の頃から、この黒人の話を幾度となく母親から聞かされてきた。ただこれまで、私はこれは母親のトラウマ経験であり、母親個人が乗り越えるべき問題だと思っていた。

でも、アメリカに来てわかったのは、アメリカには母親のような経験をしている人が数え切れないくらいいるということだ。心に傷を負い、そして何かを憎んでいる。人種差別は個人のトラウマや問題ではないことを知った。アメリカという社会が傷と憎しみを生み出しているのだ。

 

アメリカは差別を根絶しようと努力している。ただし一方で思うのは、カリフォルニアや沿岸部は物価も高く、貧しい黒人は暮らしていない傾向にある。貧しい黒人が多く住んでいる地域こそが、問題の中心地だ。知人がミシシッピ州出身だが、彼曰くミシシッピ州では黒人に対する差別は非常に根強いということだ。その地域で一体皆がどのような思考をしているのかや、背景を知ることがとても重要で、この沿岸部で差別撲滅を声高に訴えることは必ずしも問題解決に効果的ではないというのが、私の意見だ。

 

沿岸部のリベラル思想は、中南部で嫌悪されており、そこには確実に温度差がある。私たちは、問題の少ない場所で差別根絶を訴えるのではなく、まず彼らを理解することが大切だと思う。ごもっともな意見を主張するのは必ずしも正しいのか?わたしはそこに疑問を持っている。どうも問題意識ばかり肥大化して、正しく解決に向かっていないと思うのだが。。。

 

差別反対を唱えるものは増えた。しかし、決して状況がよくなっているとは言えない。そのことが私を失望させ、この国のことを嫌いにもなった。ただ最近は、こう思う。アメリカは試行錯誤しながら、問題を解決しようとしている。その努力が、全て徒労に終わっているとは思わない。何かは改善している。世の中は1ミリずつだが、良くなっている。

 

アメリカは、この問題を解決しようと努力しているし、その事実が素晴らしいのだ。まだ長く続くであろうこの問題の解決に、私も少しでも力になりたい。私は今、そのように考えている。それは、アメリカに嫌悪感を抱くよりずっと心が清々しく、前向きな気持ちなのだ。